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田内城址
たないじょうし
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立地
豊川(寒狭川)右岸の標高約三三四メートルの独立小山に築かれ、東側に豊川が流れ比高七二メートル、北側は比高六六から三五メートルの自然の堀、西側は湿地帯で比高三0メートル、南側がゆるい斜面の地形で三方を急斜面に囲まれた天然の用害に築かれている。
縄張りは山頂の本曲輪九00平方メートルを中心に北の小曲輪・西に腰曲輪・南に二の曲輪と腰曲輪、その下が大手口の構えとなる

戦国時代奥三河に勢力を誇った菅沼氏の一族、島田菅沼氏の伊賀守定盛が天文年中(1532〜1555)に築城。その後、定勝・三照(始め定清)と続き、三照が新城の井
道に移り廃城路なったといわれる。
城歴
戦国時代奥三河に勢力を誇った菅沼氏の一族、島田菅沼氏の伊賀守定盛が天文年中(1532〜1555)に築城。その後、定勝・三照(始め定清)と続き、三照が新城の井
道に移り廃城路なったといわれる。
伊豆神社
田内城主菅沼伊賀守定盛が天文5年(1536)に伊豆三社権現を再建(現在 伊豆神社)棟札には「奉造立田内郷西田内社 天文伍稔丙申 極月三日 郷社頭御○○ 鰐口太鼓 宜那菅沼伊賀守定盛 林左京進」とあって、天文9年には、鰐口とともに太鼓を奉納したとある。
住所 田内城址(別名 金ケ崎城)
所在地 設楽町田内字インベ22-2他
電話番号 問い合わせ先 設楽町観光協会0536-62-1000

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